今治地方観光ボランティアガイドの会が、ガイドブックでは得ることの出来ない住む人ならではの情報や見所を案内します。

活動報告

来島・小島エリア 第2回:来島の謎

周囲およそ850メートル、面積約9ヘクタールの来島全域が城跡で、矢竹や古井戸、桟橋跡の多数の柱穴が見られます。村上三島水軍家のうち来島村上氏初代(吉房)が1419年頃この島に来て古い城を改築し、以後、康親まで6代160年間の居城だったといわれています。

八千矛神社
八千矛神社
八千矛神社
神紋の「かもめ縮み三」は逆さからみると久留嶋の家紋になります
八千矛神社

みなさん真剣に研究しています。
村上会長も質問に追われて大忙し!

神紋・家紋 河野系越智久留嶋家の家紋『折敷に縮み三』
折敷に縮三(隅切三方縮み三)とも言い古代は葉蘭の葉を斜め二つ折りにして竹簾の子台の上に乗せて五穀を盛り合わせ神前への供物(容器代用)とした。後世のワッパ曲げの出現で神事用の三方(器物)とした。(オシキ=三方)

柱穴
柱穴

干潮時の海岸に数多くみられるはずだった柱穴。研修時は満潮時刻で見る事ができませんでした。が、この柱穴は、くるしまが水軍の居城であった時期のもので、ここに柱を立て、舟をつなぎ止めていたそうです。桟橋を築いていた説もあります。次は潮の時刻をチェックして期待なあ〜。

ただ、この海峡独特な地を利用して特殊な仕事が生まれた説もあります。帆船は風と潮の流水を利用して航海をする船で満潮・干潮の潮の流れを上手に利用しなければいけません。来島に住み航行する船の水先案内をして、来島海峡を無事に通過させる仕事『寄せ船業』が生まれたそうです。

村上神社村上神社
村上神社改築記念碑
村上神社改築記念碑
村上神社

村上神社は、もともとは村上氏の先祖を奉っていたと説があります。八千矛神社と同じく南の海を向いています。この村上神社は、芸予地震で倒壊し、皆様のご寄付で神社を再建しました。

来島城二の丸跡
来島城二の丸跡
来島城二の丸跡
二の丸跡

村上神社の裏の急な坂道を歩くみなさん。さあ! 来島城本丸跡へLet's Go! それにしても快晴に恵まれ来島の景色も楽しみだな〜。

本丸跡に行く前に二の丸跡に到着この先に本丸跡が、二の丸跡は、綺麗に整備されていました。二の丸跡から眺める景色もこれまた最高です。
この先奥に鉄塔がみえます、鉄塔付近が来島城本丸跡です。

来島城本丸跡
来島城本丸跡
本丸跡から小島を望む

本丸跡と言ってもそこは、更地でした。
ただ、この来島は、現在『来島城跡』として残しており、来島瀬戸を航行する船の目印として、また、来島海峡大橋と併せて観光の名所として残して行く地として健在しています。是非一度お尋ねくださいね。

投稿者 今治地方観光協会